文アル小説。回転木馬の追憶

文アル 小説 乱歩さんいらっしゃい
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僕は何処から生まれたのか、母様のお腹の中から生まれたのか、それとも木の実が生るように僕ら人間も人間の赤ちゃんが一つの大きな木に生っていて時期が来たらぽこんと枝から離れコウノトリという奴が鋤かさず落ちた僕らを暖かい毛布を敷いた籠の中に入れて親の元へ運ぶのか、はたまた産女が困った顔をしながら己の手におえなくなった子供を子のない夫婦の元へ夜中こっそり預けるのか、何れにせよ僕は違う。
有魂書。暗い書庫を疎らに染める青い光源であり僕らの生みの親でもある。その光はどこか優しげで淡い触れれば粉々になって四方八方に散らばるのではないかと思い、それを白秋先生に言ったら半分楽しそうに、半分呆れたように君らしいねと言ってくれた。僕らは全員この有魂書から生まれた無気力な赤子であり同じく己の作品に囚われた罪深い囚人でもある。青い鳥を探す迷子の仔猫でもある。
迷子がいるなら、連れてこなくちゃ。

「そう思うんなら有魂書に入ってくださいよ。かれこれ有魂書の前に固まって二十分も経ちます。さ、ね」

この図書館で唯一生身の人間である司書君の手を振りほどき、泣いているんじゃないかと思うほど情けない弱々しい声で無理だと一言言った。すると司書君は決まって残念そうに鼻から息を抜き薄い腰に手を当てて僕を一瞥する。何も言わず何も語らず只じっと僕を見詰めるその姿は小さい少年でありながら普通より一回りも二回りも大きく見え決まって僕は川端さんの次に強いらしい眼力に気圧され本を顔の前に掲げ精一杯の応戦を試みるのだが、底暗い覗けば最後頭からぱっくりと飲み込まれてしまうのではないかと錯覚させるあの野蛮な獣のような底無し沼を思わせるその瞳にはこんな僕が勝てるわけがない。酒乱で酒癖も悪く暴力的な中也君でさえ、素面だとは言え僕と同じように見つめられてその底知れぬ眼力に屈服したと聞く。そうなれば僕は駄目だ、僕なんかが太刀打ちできる相手じゃない。
本から少し顔をずらす。もしかしたらもう僕のことを見詰めるのは諦めて別の人のところへ行ってくれるんじゃないかと思ったからだ。だが、甘かった。司書君は相変わらず何を考えているのか分からない底無し沼を携えて此方を凝視している。もう、無理だ、怖い。
そっと本を下ろす間も僕は身震いするほど怖いというのに司書君から瞬き一つも許さず見つめ返し続けた。理由は至極単純で、闘志が芽生えたというわけではなく只たんに一瞬でも目を離したら殺されると思ったからだ。

「分かった、分かったから、その、目を押さえてくれる?」
「こうですか?」

司書君が底無し沼に蓋をする。

「うん、有り難う。大丈夫。行ってくるね」

そう、僕は大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。

「えっと、今日は誰が良いとか注文はある? 運次第だけど、一応」
「乱歩さん一択で」
「分かった。いってきます」

勢いよく有魂書に飛び込む。僕の指が触れると青白い光が一層強く書庫を照らし棚の上や床の隅に積もった白い埃でさえ透かしてまあるく光っている。目の前が点滅し始めた。喉の奥から這い出るような心地がし自然と呼吸が荒くなる。久し振りの感覚だった。頭が急速に締め付けられ又冷えるような感覚がした時にはもうそこは見慣れた館内ではなかった。
かと言って全く知らない場所ではない。ここは見覚えが有った。
遠い昔、乱歩さんと一緒に来た町である。

恐らく今日の迷い子は乱歩さんだろう。司書君は酷く乱歩さんを慕っていたみたいだし連れて来ることが出来たらきっと喜んでくれるだろうなぁ。靄のかかった空を見上げ見たこともない司書君の笑顔を想像する。彼が泣いて喜ぶ顔も満面の笑みを浮かべて呼び跳ねる顔も照れ笑いを含んだ顔も見たことはないし、きっといつも通り薄く目を細めて笑うくらいだろうけど、いや、もしかしたら何の感動もせず直ぐ乱歩さんを潜書に駆り出すかもしれない、けど、笑顔が見れる可能性だって低くても無いわけではない筈だ。喜んで、くれるよね。
淡い期待を胸に歩くこと一時間半が経った。流れるのは短髪に着物や洋服を着た男性、高く結った髪を忙しなく弄る女性に賑わう童達ばかりであり当の乱歩さんは見当たらない。空は相変わらず雨が降りそうなくぐもった靄を抱き時折その綻びから覗く日の光りも薄レモン色に道行く人々を照らし外は暑く店内は涼しそうだ。人々は皆楽しそうに顔を歪め時折下駄の音が軽快に僕の鼓膜を突き破る。キンと張る音が脳味噌を掻き回し粘着質な液体が耳から溢れ出た。その液体は耳だけでは飽き足らず口に行き鼻に行き目にまでも行き皮膚の上を這うように重力に従ってコンクリートが詰められた地面にまあるい斑点模様を幾つも描き出した。それはまるで地面から滲み出ているようで浮かんでは消えずに僕を嘲笑う。暫くすると立っていられるのもやっとになり膝から崩れ落ちた。首は伸びるところまで伸びて振り子のように元の位置へと戻る。誰も、僕を気にしていない。いつもそうだ、この本の中に入って彼らを見つけるまで僕は孤独だ。孤独な魚なんだ。

「おや、大丈夫ですカ」

頭上で声がした。ボォルが跳ねるような声だ。

「朔太郎クン」
「乱歩さん……?」
「アア、矢張りソウでしたか。朔太郎さん、随分と可愛らしい姿になりましたね、いや貴方は元からこういう姿でした。いやはや、失敬失敬」

弾かれたように顔を声の方に上げる。そこにはモノクルをつけ緩やかなパーマがかけられた髪を風に靡かせる旧友の姿があった。


【続く】
続きは明日の早朝か夕方辺りに。

一介の宇宙人


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らんぽぽ連れて来たのはもしかして朔ちゃんかい……?私も鏡花さん難民突破したの朔ちゃんのおかげ……!
続き楽しみにしてるね!


妃有栖
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真逆の萩朔。大体銀とか金を連れてきてくれるのは萩朔なんだよ。いやぁドラマを感じるね。

一介の宇宙人
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