【短編小説】終戦記念日

短編 終戦記念日 The72thPrayer
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最高ランク : 18 , 更新: 2017/08/15 9:02:36


※戦争ネタ(失礼)苦手な方はやめたほうがいいかも。グロいのとか、流血表現とかはないけど。

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今日の日のことを、忘れたことはなかった。学校の友達や近所の人に言えば、「そういえば」なんて言われるけど。

失礼だと思う。終戦記念日、今日の日を忘れること。それは、日本で起きたあの戦争を、全て忘却しているに等しいんじゃないかと。僕は考えすぎてしまうのだ。

暑くてしかたがない。蝉の声。蝉の声は誰だって聞いたことがあると思うけど、蝉の姿を直視した人はなかなかいないと思う。それほどに、蝉はどんなに近くにいてもどこにいるか分からない。汗がこめかみの辺りからだらぁっと縦に流れ落ちた。

曲がり角を過ぎると、公園が見える。滑り台と、ブランコと、砂場しかない小さな公園。「せきよう公園」という名前だ。どんな字を書くかは知らない。しかし、この公園を「せきよう公園」と呼ぶ者はほとんどいない。みんな「さくらの公園」と呼ぶからだ。その名の通り、この公園は春には見事な桜が咲く。お花見の名所でもある。そればかりか、「さくら公園」という名前だと勘違いしてる輩も多い。

今は夏だ。桜が咲くはずもない。桜の咲かないさくら公園は、絶対と言っていいほど人がいない(あいつらを除いて)。小学校も幼稚園も、まだ夏休みのはずなのに。

その立派な桜の木の下、いつも立っている奴らがいる。休日や長期休みの間は必ずいるのだ。平日は僕はここに来ないから、それは分からないけど。

「よぉ! ナカアキ!」
「こんにちは、シュウヤくん」

ナカアキとシュウヤは僕の名前だ。苗字で呼ぶのはセンバ。何故だか知らないが、センバは僕のことを苗字で呼びたがる。シュウヤでいい、と言っているのに。おまけに、自分のことまで苗字で呼んでほしいらしい。そういう年頃だろうか、なんて大人びた解釈をしてみるものの、所詮センバと僕は同い年だ。ちなみに、センバの名前はショウタという。

こんにちは、と優しそうな声で僕に手を振ったのは、ミヨちゃん。センバの妹だ。肩までの髪を二つにわけて、おさげにしている。とても女の子らしくて、愛らしい。センバによると、四歳年下の妹らしい。

「こんにちは、ミヨちゃん」
「ちょ、ナカアキ! 俺は無視かよ」
「ふふふ、シュウヤくんってば」

どこかの茶番劇のように、ツッコミを入れるセンバと、口元を押さえて微笑むミヨちゃん。僕は、この二人が大好きだ。――恋愛的な意味ではない。ミヨちゃんも、もちろんセンバも。

「センバ、今日も帽子被ってるんだ」

センバはいつも帽子を被っている。茶色い、少し色のくすんだ帽子を。肌身離さず被っているのだろうか。暑さ対策……違うか。

「ああ、これか。カッコいいだろ」

白い歯を見せて自慢気に言うセンバ。とても嬉しそうだ。センバは、帽子を取って胸の前に持っていき、いとおしそうにその帽子を撫でた。

「お兄ちゃんの帽子はね、お兄ちゃんがお父さんにもらった帽子なんだよ」

通りで、色がくすんでいるわけだ。ということは、センバのお父さんが子どもの頃買ってもらったのをセンバがもらったということか。それともこの帽子は色がくすんでいるデザインで、お父さんに買ってもらったのだろうか。

「そうだ、僕もうすぐ帰らなきゃ」
「え! なんで?」

公園のベンチの上、三人で雑談したあと。僕は思い出したようにそう言い洩らした。これまで普通に話していた僕が急に言ったせいか、センバは驚いて目を丸くした。

「だって、今日はお盆だろ? お墓参りに行かなきゃ」

今日は、お盆。そしてさらに終戦記念日だ。家族でお墓参りに行くから、すぐに帰ってこいと母に言われたのである。公園の時計を見ると、針はもう十時半を指していた。

「そうか……今日はお盆だったっけ」
「お兄ちゃん、去年はみんなで茄子食べたよね。お盆に」

お盆に茄子と胡瓜で作る馬と牛は精霊馬・精霊牛と呼ばれる。お盆に、ご先祖様が行き来する乗り物として作られた、と父から聞いたことがある。先祖が行き来する乗り物、か。それをお盆に食べてもいいのだろうか、と思ったが、彼らと僕はそれぞれ違うのだから口には出さない。

「センバとミヨちゃんも来る? お墓参り」

二人の答えはyesだった。


家族でお墓参りをしたあと、父と母はお盆の何か――なんなのかは聞き取れなかった――の準備があるとかなんとかで、そそくさと家に帰る。僕は「友達と遊ぶから」と言って、その場で別れた。

「それにしても、多いなーお墓参りに来る人」
「みんな、忙しくないの? 暇なのかなぁ?」

センバとミヨちゃんが二人で話している。暇ではないと思うが……。ツッコまないでおこう。しかし、人が多いのは本当だ。これまでに何人もの人とすれ違った。

「そりゃあ仕方ないよ。お盆だし。今日は終戦記念日だしね」

口に出してから、しまったと思った。僕は慌てて両手で口を押さえたが、言ってしまったことはもう取り消せない。それこそ、どこかのアニメの超能力者なんかじゃないと。

「シュウセン……? なんのことだ? ナカアキ」
「シュウヤくん? 今、終戦って言ったの?」

――幽霊である彼らに、終戦はNGワードだった。

彼ら――戦場正太と戦場美代は、おそらく戦争中に死んだ子どもの幽霊だ。幽霊を幽霊だと認識することは難しいように思う。僕だって、見つけたときは目を疑った。何かの見間違いではないか、と。でも、戦場兄妹の服装を見れば戦争中のコスプレなんかじゃない限り、幽霊だと思う(と、僕は予想する)。教科書で一度は見たことがあるだろう。「戦争中の子どもの様子」に載っている子どもの服装だった。

戦場兄妹には、僕が見ている景色も戦争中のものに見えるらしい。僕や、今すれ違った人の服装も、自分たちの着ているのと同じに見えるのだ。確証はないが、終戦という言葉に反応したのも、大きなビルなどを見ても驚かないのも、それが理由であるなら辻褄はあう。

「いや、あの……」
「ナカアキ、冗談よせよ」

センバは、今まで見たことのないような冷たい視線を僕に送った。そりゃあそうだ。今(センバとミヨちゃんにとっての、だ)戦争中で頑張って生きて(現実では死んでいるが)いるのに、終戦という言葉を聞かせてはいけない。戦争が終わるだなんて、センバたちの生きた時代に呟けば殴られるのだろうか。

「じょ、冗談よ。ねぇ、シュウヤくん? 冗談で言ったんだよね?」
「う、うん。そうだよ」

泣きそうなうるうるした瞳で見つめられたら、yesと言わざるをえない。二人には戦争中のように見えるのに、まさか「僕が生きているのは平成という時代であって……」なんて説明しても信じてもらえるわけがない。

「……ミヨ、帰るぞ」
「あ、待ってよお兄ちゃん!」

そう言い残して、センバとミヨちゃんはどこかに消えた。追いかけなかったのは、追いかけてもしかたないと僕が判断したから。

僕と同い年のセンバ(戦場正太)。
僕より四歳年下のミヨちゃん(戦場美代)。

あんなに幼い子どもが。現代なら、勉強や運動、友達と遊んだりゲームしたり……。そんな人生を歩み始めたばかりの年頃。そんな二人が七十年以上前に生まれ、戦争によって苦しみ、それでも懸命に生きて、それでも亡くなってしまった。胸が苦しくなる。

人は生まれる時代を選ぶことはできない。生まれる状況を、環境を選ぶことはできない。いつ、どこにどうやって生まれたかによっても人生は変わる。戦争中に生まれた二人は、時代、環境のせいで幼い子どものまま亡くなった。

僕は幸せだ。平和な時代に生まれ、父も母もいて、平和な生活をしている。僕が戦争中の子どもたちにしてあげられることは少ない。それは戦争中の生活などを知ること。亡くなった子どもを思い、祈ること。そして、亡くなった命のためにも、今をしっかり生きること。

今日は八月十五日。お盆。終戦記念日。
センバやミヨちゃんのような子どものために、僕は祈る。

僕が終戦記念日を忘れない理由は二つ。
一つは、僕の名前。僕の名前は八月十五日秋夜だ。そしてもう一つ。
それはセンバとミヨちゃんの存在だった。

僕はその後もう一度、さくら公園、もといせきよう公園を訪ねた。戦場正太、戦場美代。二人の姿はなかった。代わりなのかは分からないが、空には美しい夕陽があった。

***
この小説が、なにかのためになるとは思いませんが。
終戦記念日の意識が薄れてきて残念です。私の母や妹も「あぁ、そういえばそうだったね」みたいな。

企画を知ったのが夕方で、ばーっと勢いで書いてしまったのですが、大丈夫でしょうか。
私たちは、戦争で亡くなった方々のぶんまでしっかり生きるべきだと思います。

【ちょこっと解説を】
八月十五日、戦場という苗字は本当にあるらしいです。(現代にいるのかは知りませんが……。まぁ、毒島→ぶすじまという苗字がいるくらいなので多分いるんじゃないでしょうか)
それぞれ、なかあき、せんばと読みます。
なかあき、は中秋の名月の「中秋」を訓読みした読み方らしいです。

せきようは漢字で「夕陽」と書きます。意味は漢字の通り夕陽とか夕暮れ、夕方という感じ。画像の夕陽に合わせてつけた名前です。

ちなみに画像の夕陽、ちょっと離れてみると、日本の国旗、日の丸に見えませんか?

正太くんが被っていた帽子は、(分かる方もいるかな)兵隊の帽子……みたいなものですね。

追記。
企画参加って言い忘れてた((
蘭秀@ニイタカヤマノボレ様の企画です。
URL→http://ulog.u.nosv.org/item/87031d7022ed4998a3585eb7600403e7/1501543954?replied=1

妃有栖


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企画参加ありがとうございます。
あああ…、すごすぎる…。
当時は日本は勝つ、って純粋に信じてたんだろうな、とか思うと泣かされます。
素敵な小説ありがとうございます…!


87031d7022ed4998a3585eb7600403e7
2017/08/15 8:49:06 違反報告 リンク


いえいえ、こちらこそ素敵な企画をありがとうございました!
けっこう長くなってしまったのですが……閲覧ありがとうございます。
私も「ガラスのうさぎ」とか前に読んだことがありますが、やっぱり勝つと信じている(もしくは信じていたい)んでしょうね。


妃有栖
2017/08/15 8:57:13 違反報告 リンク


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