鳥居の向う 後日談

夢小説 刀剣乱舞
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最高ランク : 56 , 更新: 2017/07/15 10:13:45

http://uranai.nosv.org/u.php/novel/7fce407c831/?の鶴丸国永の小話です。


【一】

宮内庁での驚きの欠片も無い日々に嫌気が差した。
何時から意思を持つようになったのかはもう随分と昔に一々数えていくのも止めてしまったが、打たれ振るわれ始めて百年の月日が過ぎて以降だろうか。平安の世に生まれ、千年後に宮内庁に保管される迄には、幾つもの武将の手に渡り、退屈する事も無く常に驚きが待ち構えていたあの日々が今でも鮮明に覚えている。如何したものか今世の主人は、否其れ以前から俺は振るわれる事は無くなってしまった。
稀に外部へ持ち出されたかと思えば興行に用いられるだけで、まるで美術品扱いだ。実践刀として名高い俺の誇りや肩書きは廃れるばかりで、振るわれる事が無いのなら折られてやりたいと幾度考えた事だろう。以前の主に振るわれていた頃のように、鮮血を浴びたい。刃先が人間の身に埋まった時のような生温く愉快な感覚が恋しい。
そして思った。
退屈な保管所に、如何してじっと朽ちるのを待つ必要があるのかと。今迄座り込むような姿勢だった俺が立ち上がれば、実体の無い神霊と化した俺は依り代の太刀を見下ろせる事に気が付いた。四肢はあるし衣装も纏っている。まるで人間のような振る舞いだと失笑しながらも、ゆっくりと足を進めてみれば今迄には感ずる事の無かった好奇心や興奮が、一気に俺に降り掛かる。驚く一方で、俺の身体は少し透けていて背景も同時に窺えた。自身が把握している付喪神とは少し異なった形状ではあるが、以前神剣のような事をしていたような気もするし妖怪と云うより神に近いのだろうと、勝手に納得しつつも宮内庁を抜け出す。
まるで変わった街並みに失望と期待を隠せない。以前の主に振るわれた戦地へ向かえば、身体が色濃く染まり出す。暫く離れていれば、又元に戻る。不思議に思いつつも、所縁ある藤森神社へと向かえば又身体は色濃く染まり出し、俺自身に深く関係する場所に居れば実体のように振る舞える事が出来るのだと気付いた。
「此処が今も残っていたとはなぁ」
懐かしむように呟く。驚きこそ無いものの、不思議と退屈だと感ずる事も無い。居心地の良さに口元を弛ませていれば──突如、温情に満ちたような小雨が降り始めた。
ふと鳥居に視線を向ければ、幼子が小さな足音を鳴らしながら石畳の上を駆けている。正中を悪気も無い眼差しで進む幼子に、何時の間にか目を奪われていた。
「……ほぉ、随分と愛い児だな。よく此処へ来るのかい?」
返答するように風が吹き、木葉が俺の掌に落ちる。

【二】

其れから俺は彼女が神社へ訪れるのを待ち構えるべく、毎日のように本殿に居座るようになった。彼女は殆ど毎日現れ、一人、暗がりに包まれる迄神域を嬉々として走り回っている。其れを陰から見詰める事が何よりも好きだった。暫く姿を見ないようになれば、透ける腕で俺は態々彼女の手を引いて神社へと招く事が幾度もあった。
神社の主は彼女が現れる度に小雨を降らし、又彼女は首を傾げながら小さな手の甲で雨粒を凌ごうと必死に頭上に向けて腕を伸ばすものだから、止してやれと笑う。其れからは鳥居を潜る際には木の実を落としてやるようになってしまったのだが。六、七歳程になると自ら神社に来るようになった。日に日に成長していく姿を微笑ましく思う中、或る日彼女が、周囲に気を付けながら数本の人参を抱えては砂利の上を突き進んでいた。何事かと思えば、彼女は神馬像の前に迷いも無く距離を詰めている。企みに気付くと失笑してしまいそうになると同時に、其奴に構う姿に少しだけ見ていたくはないなと思った。
「おやおや、今日もきみが来てくれたかと思えば、其の神馬像に人参を供えてくれるのかい」
振り返る彼女の瞳が俺を映した。嗚呼、俺の愛しいきみ、漸く俺を見付けてくれたのかい。単なる悋気で声を掛けてしまったのだが、其れを機に俺は彼女の傍を陣取るようになった。彼女は俺に、俺は彼女に執心した。幾度も四季の中で寄り添い、彼女を抱擁した。我が儘を言えば快く受け入れた。──彼女の傷付ける人間が居れば排除した。然し、温情に満ちた彼女は良くは思わなかった。きみの為にと動いた筈が、彼女の不服そうな表情に俺は何処か失望に酷似した感情に満たされる。
禁厭を掛けた髪は俺と彼女を繋ぐ存在であり、同時に彼女の加護でもある。貧弱な彼女を庇う事が出来るのは俺以外に誰一人として居ないのだから。使命感に駆られ出す俺とは対称的に、大人に近付いていく彼女は素っ気無くなる一方だと、盲目的であった俺でも薄々気付いていた。彼女が虚言を吐き、あからさまに目を逸らして俺を避けた事も気付いていた。だが如何だって良かったんだぜ。俺はきみが又、神社を訪れると信じ続けていた、知っていたからこそ笑みを崩さなかったんだ。だがな、俺は許せなかった。きみが俺の存在を忘れてしまう事が、何よりも。

【三】

神社の主が怪訝そうに俺を見詰めている。只の妖怪に成り下がったように悋気と邪念に狂わされた俺を、淡々と見下している。最早そんな事に構っている暇は無い。
夜の神社ですっかり大人になった彼女の抱擁の名残を愛しく思いながら、俺は只彼女の帰りを待つ。暫くすれば、遠くの方で彼女が鳥居前に現れた。駆け寄ろうとしたが、彼女は一度も俺と目を合わす事も無く、顔を俯かせた儘早足で眼前を通過して行く。嘗て無い程の邪念が腹の底から溢れ出てしまいそうになる。
長年の付き合いで彼女の思惑は筒抜けだ。彼女は二度と此の神社へ踏み入ろうとしていない処か、此の街に帰って来る心算も無いのだ。きみは如何して、何時も俺を苦しめる? きみだけを思い、きみだけを見、きみだけを傍に置いていたのに。
「きみにだけは嫌われたくないから、あまり手荒な真似はしたくなかったが、其の必要も無さそうだ」
血を欲しているのを厭でも感ずる。太刀で肉に刃を埋め込んでしまいたくて仕方が無く、高ぶりに震える手で柄を握り締めた。其れから次々に躊躇も無く、彼女の親戚の首を斬った。間接的に穢れを纏った彼女が、暫くして実家に戻り、ふらふらと虚ろな眼差しで暗がりの神社へ訪れる。
「馬鹿だなぁ、きみ」
喪中は神域に穢れを持ち込んじゃあいけないんだぜ。
神社の主が憤怒しているのが解るかい。折角きみは気に入られていたと云うのに、狂った俺に囚われぬようにと加護を受けていたと云うのに、全て台無しにしたんだ。穢れは神社にとって悪でしかない。神聖な神域を荒らすからだ。故に穢れを纏うきみを庇う理由は喪われた、其れが如何云う意味か、きみには解るかい?
膝を擦り恐怖に怯えた彼女を見下ろし、歓喜に躍り狂う心境を抑えながら哀れに思った。幾分か小さくなったような身体を強く抱き締めてから名前を呼べば、彼女はもう抵抗する事も無い。
「もう離れてくれるなよ、ずっと傍に居てくれ。なぁきみ」
──又、名前を呼んでくれ。

コウ(不在)


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初めまして、コウさんの作品をいつも読ませてもらっている者です。鳥居の向うは、私が数ある作品の中で最も好きな小説でしたのでこういう後日談を見れてとても嬉しいです。

ゆうれ
2017/07/16 11:30:44 違反報告 リンク


ゆうれ様>
コメントありがとうございます!いつか書きたいなと思いつつも書くのを忘れ、かなり遅れてしまってもう読まれる事も無いのではと投稿直後に思っていたのですが、そう言って頂けて嬉しいです。


コウ(不在)
2017/07/17 2:40:59 違反報告 リンク


返信ありがとうございます!読まれる事が無いなんて、そんな事無いです。どんなに投稿が遅くても私は読んでいたと思います笑 ここまで好みに合った小説は本当に初めてなので、何回も見返しているんです!この後日談を見つける前も、後日談はまだかと机を叩いていました。

ゆうれ
2017/07/17 5:45:53 違反報告 リンク


ゆうれ様>
随分と待たせてしまったようで申し訳無いです。ですが、鳥居の向うがそれほどまで愛読されているのかと思うと嬉しいです。
コメントやいいね!まで御親切にありがとうございました。


コウ(不在)
2017/07/17 8:27:25 違反報告 リンク


鳥居の向こうというお話を読んだことはないのですが、そんな私でも十分に楽しめる後日談でした。書き方も実に丁寧で、見習いたいと思うほどです。有り難う御座います。

二代目北斎
2017/12/04 7:53:08 違反報告 リンク


真逆此方の記事まで読んで頂けるとは思っていなかったのでとても嬉しいですし、書き方にも着眼されて有り難い限りです。此方こそお礼を言いたい位ですよ、本当にありがとうございます。

コウ(不在)
2017/12/04 8:38:50 違反報告 リンク


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遂に
2018/07/08 7:48:12 コウ(不在)

おかえり。コウの初期刀君。 やはり一番愛着がある。因みに推し刀剣男士を平野と...


物吉狙いでごめんな。
2018/07/03 8:43:37 コウ(不在)

久方ぶり


自慢じまんまじまんじ卍
2018/06/28 10:02:11 コウ(不在) 3 2

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