泡沫に溶けて 【後編】

小説 雑談 Lotta×magica
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バケツを持って海辺を歩くと、外はいつもより暗かった。ふと、空を見上げると今日は月が出ていない。
「……新月か」
ぽつり、と呟いたその時だった。
「!」
何処からか、声が聞こえた。いや、声ではない。美しい調べ、しんみりと胸の奥に染入る優しい歌。それが、ある岩陰から聴こえたのだ。俺はバケツを持ったまま、岩陰にゆっくりと近づいて声を掛けた。
「ねぇ」
「ひやぁっ」
びくり、と跳ねた白い肩。腰まで伸びた銀の髪は綺麗に結われており、羽衣のような衣装を身にまとっている。その足は……、足?
「見ないでっ」
少女が手で覆ったのは、本来であれば足である場所。ラピスラズリを思わせる瑠璃色の瞳が、恐怖と嫌悪感を露わにするように震える。
「新月の日はいつもより暗いから、人間に見つからないと思ったのに」
こちらを睨みつけてくる相手に、俺はバケツをその場に置いてから、ふにゃりと笑い掛けてみせた。
「君の歌、聴かせるつもりじゃあ無かったんだろうが。すごく良かった。だから、君のことが知りたいんだが、……その、悪いようにはしないから」
「隠さないで欲しい」。そう伝えると、少女はしばらく考えて、渋々といった様子でその手をのかした。
それは、深海の如く濃い青色の鱗だった。水を受けて、満天の星空を映しとったようにキラリと輝く鱗に、ごくりと俺は唾を飲み込む。そうして、少女ーー「人魚」の全身をもう一度見やって、ドキリと高鳴った心臓とその気持ちは息を吐き出すそれに似て、俺の口から自然と紡がれた。
「綺麗だ」と。
「な……っ!」
人魚は驚いた様子だった。あわあわと手を彷徨わせると、今度はバッと顔を隠す。しかし、俺はほんのりと朱に色付いた彼女の頬を見逃さなかった。
「綺麗だよ。夜空みたいな鱗も、宝石みたいな瞳も、絹みたいな肌も。さっき言ったろ、君に手は出さないよ」
「……こっ、怖くないの」
「まさか!」
人魚は静々と顔を隠していた手を下ろした。その頬は、耳は、まだじんわりと赤みを帯びていたが、声の調子は落ち着いていた。
「私の姿を見たら、気味悪がって私を殺すかと思った……。それに……、私の友達は高く売れるからって、傷つけないようにって鱗を一枚一枚剥ぎ取られて死んだから、その、……人間が、怖くて」
「そんな悪趣味な」
綺麗なものを綺麗なまま、生かしてやりたいのは思わないのか。金と欲に囚われて、なんて不必要な殺しだ。激しく憤りを感じたが、俺は無力だ。苦々しく顔を顰めると、人魚はまたも驚いた顔をして、それから、笑った。
「不思議、貴方みたいにホントに殺さない人間もいるのね」
「いるさ」
「そう」
可愛らしい笑顔だった。警戒心が解けるとこんな表情もするのか。彼女が行ってしまわないことに安堵した俺は、今度は質問してみることにした
「ところで君はどこから来たんだ?この辺の海には水汲みに小さい頃からよく来るんだが、君のような人魚は初めて見た。それともずっと居たけど姿を隠していたのか?」
「あぁ、私はね。この島、と言ったかしら。その、ずっと南の先にある大きな国の港の近くで生まれたの。けれど、港の近くで好きな歌なんて歌ったら私の姿がバレてしまうでしょう?だから、ひと月前にこっちに来たのよ」
この島の、ずっと南の先に国がある。かつての夢がゆっくりと目覚めるような感覚だった。いや、この人魚が嘘を言っているようでは無いから、夢が確証に変わったのか。俺は気がつけば彼女の両の手を掴んでいた。
「この海の先に、国があるのか!?」
「きゃっ」
「あ、悪い、えっと、吃驚(びっくり)して」
言い訳をして彼女の手を慌てて離す。忘れていた夢、忘れようとしていた夢。しかし、この先に何かがある。それを知ってしまった今、筆舌に尽くし難い興奮と熱量で膨れ上がった好奇心は殺そうにも殺しきれなかったらしかった。
「この島は地図にも載ってないんだ。……この島のその先を見たい、それが死んだ父さんと、俺の夢で。だから……」
「夢……」
「そ、その国はなんて名前なんだ!?」
「え、えぇ?確か、ラムダールじゃなかったかしら」
耳に覚えの無い新たな国の名前。彼女に会わなければ知ることのなかったその世界。見たい。
「なぁ」
この海のその先へ、行きたい。
「俺をその国に連れて行ってくれないか」
「えっ」
「船なら父さんのがある。君が歌を歌いたいなら船の中でいくらだって歌ってくれて構わない」
「何、私を捕まえようっていうの。そんなの、……建前でしょ」
彼女の瞳の色が暗く沈む。ぶるりと震えたその小さな背中。海へと逃げる姿勢の彼女に、俺は吠えた。
「違う!!君が綺麗で可愛いから、俺の傍に置いておきたいんだ!!」
「えっ」
「……えっ」
自分で言っておいて驚いた。しかし仕方ないだろう、これしか思い浮かばなかったんだ。震えながら振り返った彼女の顔は、真っ青ーーではなく。熟れた林檎の果実のように赤く、赤く。その瞳は水を含んでおり、ほろり、頬を伝い。
涙となって、落ちる。
「……嘘」
どくん、心臓が大きく脈を打った。脈動は1回とは言わず、何度も何度も繰り返され、心臓を破ってしまいそうなほど大きくなる。こんなの、知らない。こんな感情を、俺は知らない。
「……嘘じゃないよ」
ほろほろと涙をこぼす少女を、そっと抱き寄せた。人魚である彼女の身体は少し湿っていて、海水のにおいがした。
「だから、……俺に付いてきてはくれないか」
喉から心臓が飛び出しそうだった。それでも言わねばならなかった。この世界を見たい、いや違う。彼女と新しい世界が見たい。父さんと同じで、違った夢。きゅ、と抱き締める力を少し強めれば、俺の背中に恐る恐ると細い腕が回った。
「……名前」
「えっ?」
「名前、教えてよ。……船長さん」
闇夜に溶ける、小さな声。
「俺の名前は、レオン。君は」
「アリア」
アリアと言った彼女は、ぎゅと俺に強く抱きつき返して。
「……レオ」
「うん?」
「歌、全部聴いてよね」
「……!あぁ、勿論!!」
高鳴る鼓動は止むことを知らず、胸にじんわりと広がるこの幸せにそっと瞳を閉じて。身体を少し離すと、アリアの耳元にそっと囁いた。
「出航は、次の新月の日にでも」

君の姿が、他の人に見つかってしまわないように。



キーワードは、「地図・新月・歌」でした

恋愛ものって正直吐くほど書くの苦手なんですけど、ネタがこれしかなくて(もうちょいネタはあったけど、ほかの投稿者さんと設定が似てたため却下)

人魚姫、ってのが設定としてあったので泡と言う意味の「泡沫」、それから「闇夜に溶ける」から「溶けて」でタイトル回収……と

1500字で終わらせたかったです0(:3 _ )~

無理でした


はいはい、では声劇ネタについて

声劇台本はちまちま他作品を書いてますが、そろそろロッタ別キャラ書きたいなぁ……と(引き伸ばしてる番外編は置いといてヽ(・∀・ヽ)(っ・∀・)っ)

書いて欲しい子とかいらっしゃったらコメントで催促してください

許可もらってる子はそれぞれひとつずつぐらい構想はあるんですが、誰から書こうってとこで止まってるので(あとテスト)

コメントの先着順で書こうと思いまする……、はい……

ではでは( ´ ꒳ ` )ノ

おむらいす星人(空弥)


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人魚のお話好き…
なんかお洒落だよね!!!←うるさい

えと、とりあえず立候補させておくれ…
ナルかヴェルデ←ロッサは置いておくね


空色
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