たとえばこれが夢の終わりであるとして

宝石の国 フォスフォフィライト
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※独自解釈強・9巻までのネタバレ有



目覚めると、そこには春が広がっていた。
太陽の色をした紋白蝶がふわふわと宙を舞っており、甘い花の香と、やわらかい草のにおいと、そして目の眩むようなみずいろがどこまでも広がっている。そこかしこに美しい花が咲き乱れ、遠くに優しい漣の音が聞こえているその世界は、間違いなく春を迎えていた。

「彼女」は、その春の中で永い永い眠りから目を覚ます。見知った春が彼女を出迎えてはくれたが、そこはやけに、ひどく静かであった。うららかな日差しを受けながら、彼女はまどろみの中で数百年ぶりに身体を起こす。桐のにおいが立ち込める長方形の木箱の中に数多の花と共に横たえられていた彼女は身体を起こして早々、アンタークチサイトがすぐそばにいることを知った。彼女の隣には、彼女と共に眠るようにアンタークチサイトが箱に入れられて安置されていた。「彼」は、春になるとその結晶を保てずに融けて液体になってしまう。はじめ、彼女の目にも彼の特異体質は少しばかり奇妙に映ったけれども、すぐにそれを彼の個性と理解し、彼の良き同僚として、相棒として、後輩として、理解者として長い時をアンタークチサイトと、冬と共に過ごしてきたのだった。

彼女はアンタークの箱の方に身を乗り出して、優しい日差しを受けてきらきらと輝く水面をそっと撫ぜる。そして生温くなったアンタークを手で少し掬い取っては手のひらで遊ばせ、指の隙間を通ってこぼれ落ちる彼を見て彼女は優しく、しかしさみしげに微笑んだ。

長く冬の当番を務めていた彼女にとって、春とは別れの季節であり、また同時に希望の象徴であった。アンタークは春になると眠りについてしまうけれど、彼女はもう少しだけ春の間起きている。起きて皆の様子を見て、そして夏になるとアンタークの後を追うように、来る冬に備えるべく夏眠を取るのだった。彼女にとって春は希望の季節ではあったが、けれどもどこか少し気怠いものがあった。

溢れんばかりの春の中で彼女は己の両脚で立つ。靴越しにかかとで感じたのは硬い大理石の感触だ。そして彼女ははじめて、まわりを見渡す。外には依然としてうららかな春の光景が広がっている。しかし、それに反して、今自分たちが置かれていた学校はとてつもなく冷たく、大きく見えた。がらんとして静かになった学校に、誰かがいる気配はない。あまりにも静かな学校と、あまりにも歓びに満ち満ちた春との対比が恐ろしいほどに鮮明で、不気味で、彼女は思わず妙な違和感を覚えてしまう。そして、その違和感はすぐに、明確な絶望という輪郭を伴って正体を表すのだった。

ふたりが寝かされていた場所は、どうやらルチルの治療室であった所らしい。空になった棚が聳え立ち、旧い記憶をくすぐる。そして、彼女は気づいてしまったのだった。ふたつの箱から少しばかり離れた所に奇妙な機械と、木のボウルに入れられた「それ」が置かれていることに。

見たこともないようなものだった。漏斗状の投入口らしきパーツに何かを入れて、そして四角の箱の中で何らかの操作を経た後のものが、下から出てくる構造になっている。彼女の知る限りでない材質でできたそれは何回か使われた後らしく、取出口らしき所が粉にまみれている。その粉は少しきらめいているように見えたが、やはり全体としては灰色っぽく見えた。彼女の関心はその機械よりも、もっとももう一つの──木のボウルの方に注がれていた。そこには、薄荷色の美しい宝石の一部分が、砕かれたままで放置されていたのだった。

フォスだ。この美しいミントグリーンはフォスフォフィライトの色に相違ないと彼女は瞬時に悟り、身震いする。フォスフォフィライトは、彼女の同期の生まれであった。お互い低硬度であるために最初は苦楽を共にしたけれども、彼女はやがて冬の当番という仕事を見つけ出し、フォスフォフィライトと共に過ごすこともやがて少なくなっていった。春先に皆の様子を見ている限り、フォスの迷走っぷりは変わらないようだと心配に思っていた所にいきなりその彼は冬の仕事をやりたいと言い出した。それが、彼女の記憶に残っている最後の冬の出来事である。
言ってしまえば要領が悪かったフォスだったけれども、徐々に冬の仕事にも慣れ、毎日のルーチンワークも軽々とこなせるようになったことまでしか彼女は記憶していない。何か大切なこと、忘れてはならないことが起こった気がしたけれど記憶に靄がかかったように何も思い出せないのだ。

そこに置いてあったものはフォスの一部と、謎の機械だけではなかった。
フォスが使っていたバインダーもそこに置かれている。大量の紙が挟み込まれており、彼女はそれに震えながら手を伸ばし、そしてそこに綴られた文字を見た。



「アンタークチサイトへ」



「久しぶりだね、アンターク。僕がきみのことを安々とアンタークちんなんて呼んでいた日々が懐かしく思えて、あの日々は二度と戻ってこないんだろうなあと思います。きみがこの書き置きを読んでいる頃には、きみに大きな不安を抱かせてしまっているだろうから、謝っておくよ。謝っても謝っても謝りきれないけれど、僕にはこれしかできないから。

聡明なきみのことだからもう気がついていると思うけれど、久しぶりの冬に調子が出ないかもしれないから、説明しておこう。

この星にきみと×××××以外の宝石は存在しない。

きみが月に連れ去られてからというもの、僕は色々な意味で変わってしまったよ。きっときみが僕に会ったら、もしかしたらきみは僕を僕だと認識できないかもしれないね。ちょっと寂しいけれど、けれどそれでいいんだ。僕は無能で、のろまで、やっぱり役立たずのクズだったんだから。

ぼくは月に行って、月の連中と交渉してみんなを取り戻すことに成功した。けれども、月人たちはみんなを砕いて粉にしてしまったから、硬度が低い子達は再生することができなかった。僕なんてなんやかんやで頭を失ってラピスラズリのものをつけていたから、僕は二度と元の体を取り戻せないことになった。でもそれでいいんだ。

僕らは月人に狙われることもなくなった。幸せに、幸せに暮らした。
月人の遺した技術を地球に持ち帰ってきて、今まで以上に楽しく暮らしたんだ。月人は僕らに色々なものを与え、そしてその中に性別というものがあった。皆が「男」と「女」の好きな方を選んで、娯楽として恋愛ごっこを楽しんだ。僕らは仲間として過ごした時間が長すぎて、それはごっこにすぎなかったけれどね。他にも遊園地だとか、そういう僕らにはなかった概念が僕らの生活を彩ってくれた。でも僕はそういうの、あんまり好きじゃなかったからひとりで君の欠片を集めた。

けれども、地球で永く生きることは想像よりもはるかに辛いことで、しだいにみんなはおかしくなりはじめて、そして、確か最初にジルコンが自壊してしまった。それからはもう早かった。ひとり、またひとりと自壊していつの間にか僕はそれを看取る役目になってしまったんだ。欠片自体はあるんだから、繋ぎ合わせればたぶん元のように動くようになると思うけれど、誰ひとりとしてそれをしようと思った宝石はいなかった。誰もが、誰かに「永遠の生」を強いようとはしなかった。

そして、最後に残ったのが僕だった。厳密に言うと、僕と、彼女だった。
ここまでが君の欠片をすべて集め終わるまでの話。

書きにくいけれど、きみを失ったショックから彼女は自壊してしまった。あの時アンタークを救えなかったショックから、彼女はおかしくなって、そして、ある日、突然壊れてしまった。僕はアンタークだけじゃない、彼女でさえも護れなかったんだ。君が大切にしていた彼女だから、僕は君の代わりを務めようと色々な手を考えたけれど、全部無駄に終わった。ごめんなさい。ごめんなさい。守れなかった。

だから僕は彼女の記憶を砕いた。アンタークを失った記憶はきっと彼女にとって辛すぎるだろうから、その部分を砕いて、緒の浜で拾ってきた水晶を接合して、そして彼女が目覚めるまで待った。長い間、たったひとりで待ち続けた。でもついに起きなかった。月に行って、帰ってきて、すべてが終わっても彼女だけは目覚めなかった。結局、きみの欠片をすべて集めてしまうほうが早かったな。

すべてが失敗だった。僕のラピスラズリの頭をもってしてでも、ここまですべてが失敗に終わるなんて何も考えていなかった。皆が、僕でさえも生きることに疲れて「死にたい」と考えてしまうなんて想わなかった。弱音を零すと怒られてしまいそうだけれど、僕でさえももう疲れてしまったんだ。ひとりになった僕は今これを書いていて、死ぬ準備を整えている。その機械はエクメアがくれた自殺のための機械だ。彼は僕よりずっと賢い。

はじめに、僕は「心臓」を抉り取った。古代生物の「にんげん」は胸の真ん中の部分にあった「心臓」というものに魂が宿ると考えていたと月人に聞いたから、そこだけはきみに、君の手で砕いてほしかった。わがままな僕の願いをきっと君なら聞いてくれるだろう。

それと、月人は「にんげん」が遺した「聖書」についても教えてくれた。
原始の地球には「アダム」と「イヴ」という神に創られたにんげんが二人いて、そこは楽園だったのだと。だからね、僕は君と彼女にその楽園で永遠に暮らしてほしいと思う。僕みたいに失敗せず、ずっとずっと美しい世界に暮らして欲しいと思うんだ。どうか、幸せになってくれ。

だからどうか、彼女の目が覚めるまで彼女のそばにいて欲しい。
彼女の隣には、きみがふさわしい。

最後に、

君が、僕を『フォスフォフィライト』と呼んでくれているうちに別れられて、よかった」





その宝石の瞳はただ、悲哀に囚われている。
薄荷色の結晶を手にとって、そこに優しく口付けをすると、その結晶にはぱきりとひびが入ってしまったのだった。

それがし


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