息子【短編小説】

一行小説
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それは何年も前の話。

「何よ、大金持ちの子供だからって良い気になっちゃって」
「あんな子供、きっと社会に出たらなんにもできないわよ、馬鹿みたい」
「どうせ親のコネでも使って良い暮らしするんでしょうね」

金ならたくさんあった。一生を生きていくのに、必要最低限のお金は。私は、多分働かなくとも生きていけたのだろう。いや、自分でも確かにそう思っていた。大きな会社の社長の父親と、若く美しい母親の間に生まれた恵まれし子供。それが世間のイメージだった。

周りにたくさん大人がいるとき、母親は、私の頭を良く撫でてくれた。とても優しい笑顔で。父親は「この子がどんな風に育ってくれるのか、今から楽しみです」「本当にこの子を生んで良かったと思いました。私はこの子に大いに期待しています」などと作文みたいな言葉をぺらぺらと綴った。母親の笑顔は「少し黙ってろよ」の合図で、父親の言葉は「せめて、私の名に恥じないように生きろよ」というメッセージだと、一体誰が気付いたのだろう。

家事手伝いの女性たちも、私や親の目の前ではたっぷり私を甘やかしてくれた。しかし、私の姿が見えなくなると、「大金持ちの子供」の悪口大会を始める。私は、良い気になどなっていないし、コネを使う気もなかったのに。彼女たちは、「良くある大金持ちの子供のイメージ」を私に貼り付けては、勝手に悪口を言っているだけだった。なんてナンセンスな。

「辛いよね、大丈夫?」「君は十分頑張ってるよ」「可哀想に……」そんな言葉が、嘘でもいいから欲しかった。少しの想いも籠もっていない高い洋服よりも、美しい宝石よりも、私は同情が欲しかった。私に手を差し伸べてくれる、本当の意味での優しい人間に、側にいて励ましてほしかった。それが虚構でも、私はそれで良かったのに。

しかし現実は残酷。どんなに助けを求めても、結局私は「大金持ちの子供」であり、「甘やかされた子供」なのであった。甘やかされて、金があって。そんな子供に、どこに可哀想と言える部分があるのだろう? 顔? そんなもの金で変えてしまえばいいだろう。私に向けられたのは、同情の目ではなく、皮肉で悪意のある言葉だけである。ここにいる限りーー親の側にいる限り、私は同情してはもらえないのだとその時やっと私は気付く。

その日は、朝からずっと晴れた日で、まさにお出かけにはぴったりという天気だった。私はリュックサックに荷物をつめて、自分の持つありったけの金を財布に入れた。その日、二十二時になるまで、私は自分の部屋を出なかった。私の部屋は一階の一番奥にある。ベッドに机、本棚、クローゼットくらいしか家具のない、殺風景な部屋。そこに、一つの大きな窓。二十二時、私は大きな窓を全開にした。

「さよなら」

自分は、今年で二十二歳になります。どうやら、私に貼られたレッテルは「大金持ちの子供」だけではなかったようです。母親から受け継いだ、美しい顔。社長と、社長夫人と、美しい息子。顔を変えない限り、私は「大金持ちの子供」として生きていかなければなりません。

私に同情の目が向けられたことは、二十二年も生きて、まだ、一度もありません。




「同情するなら金をくれ」という言葉があるが、私はどちらかと言うと同情のほうが欲しい。

梨月ちゃんの企画「一行小説」に参加です。
私は同情よりも金が欲しいです(おい)

妃有栖


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それね……「大人の語彙力」って本を書店で見つけてめっちゃ買いたくなりました。
お、当たってた!
「この人だ!」ってわかっちゃう文体書けるのある意味凄いよね……自分だけの文体が欲しい……
うん、やっぱり世の中お金で廻ってるんだなって……((



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