いなくなった君は。

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ある日突然あいつが消えた。
「出かける」
そう言ってドアをくぐっていったあいつの背中を今でも覚えてる。
いつも道理の声、言葉。普段と何も変わらなかった。
逆に「何が、どこに違うところがあったんだ」って聞きたいほど、あいつは本当に何も普段と変わりなかった。

出かけたっきりあいつは帰ってこない。
何日、何か月、何年、…
待っても待っても、あいつは帰ってこない。

たまたま通りがかった公園のゴミ箱の中にあいつの私物が入ってあった。
慌ててそれを手に取る。
私物にはあいつの名前が書かれていた。
別にきれいでもないあいつの字で。
これに名前を書くときのお前の顔が、幸せそうで…。

ああ、会いたいなぁ。

ある年の、よく冷える冬の、ある日。
しみじみと空を見上げる。
もうすぐで沈みそうな夕日を睨めつけて。
「あいつみたいにお前もいなくなっちまうのかよ」って呟いた。

バカだな俺…。

クシャリと前髪をつかんでしゃがみ込む。
こんなにも何かが無くなるというものは、苦しいものなのか。
自分の呼吸をするの音、心臓の鳴る音。全部全部なくなってもいい、奪ってもいいからあいつに会いたい。
会いたいよ。寂しい。なんで。

「なんでいなくなったんだよ…」

足元のコンクリートが黒く染まる。

ある日家の押し入れに詰め込まれた段ボールの箱を引きずり出した。
開けるのが怖くて何年も手にかけることすらしなかったその箱を今日開ける。
中にはあいつの服や小物、カバン、靴などが綺麗に詰め込まれていた。
その中から一冊のノートを手に取る。
そのノートをパラパラとめくる。
中にはぎっしりと文字が敷き詰められていた。

こんな事しても何も変わらないのに。何やってんだろう。

そのノートは途中で終わりを告げた。最後のページまではまだまだページがある。
俺は最後のページまで見落としが無いように空白のページとにらめっこをする。
ぺらぺらとページをめくり、ついに最後のページだというところで俺は手を止めた。

あいつの字で文章が書かれていた。

「もしも俺がいなくなったら」

俺は喰らいつくようにその文を一文字一文字ゆっくりと読む。
バカみたいな内容で、小学生の書く作文かと思うほどレベルの低い文章だった。

あいつがまだここにいたのなら、俺は笑いながらこれを読んでいたんだろうな。
「お前がいなくなったって、誰も気にしないから」って、バカにしてるんだろう。

今となってはこんなあほらしい文章でも俺は涙を流すことができるようになっていた。

「うっわ、あほらし…、ばかじゃないの…、」

俺はそのノートに顔を埋めた。

『俺がいなくなっても誰かが俺を求めてくれているなら、俺はすぐにでもその人の前に現れてみせる』

何年も待ってる俺の前には現れてくれないのか。
お前がいなくなって切り裂けそうな思いで毎日毎日生きている俺の前には。

「そんなこと思ってんなら今すぐにでも俺の前に現せてみろよ…！！くっそ…！！」

誰もいない部屋に俺の声だけが響いた。

突然テレビがﾌﾞﾂﾝｯと音を出しながら映像を映し出した。
俺はノートから顔を離し、テレビに顔を向ける。
テレビにはいつもやってるくだらない昼ドラが映っていた。
その刹那、再びﾌﾞﾂﾝｯと音を出しながら勝手に何度も何度もチャンネルが変わった。

「なん、で…、勝手に…」

そしてあるニュース番組でチャンネルが止まった。
俺はそのニュースの内容に目を見開いた。

『松野カラ松さんだと思われる遺体が昨日、バラバラとなって海の底から発見されました』

その瞬間俺の息が止まった気がした。