EP1-12 お世話になります
創作 第一章 邂逅編最高ランク : 9 , 更新:
不思議な感覚だった。
ここは夢の中なんだ、とは分かったが、なんだかとても心地よかった。
周りには、何かきらきらと光るものが沢山あり、そして遠くの方には僅かだが、同じようなものが浮かんでいて、それらはどんどん遠ざかっていた。
(これは一体…?)
ダイアナはその瞬間、意識が覚醒した。
「んん、………ここは……?」
「あー、起きた?」
ダイアナの頭上から少し目線を左に移した辺りに、黒髪黒目の女性が少し体を起き上がらせて、横たわっていたダイアナに話しかけた。
「…?どちら様でしょうか?」
「うんそうだね、わたし達初対面だね、自己紹介はわたしの息子を呼んでからにしようか。侑!もうお片付けはいいからこっちに来て!あの女の人目が覚めたわよ!」
「やっと!?あーーー、もうつかれたよ!」
「いやいやいや、侑が元から自分の部屋の片付けをしてなかったのが悪いんでしょ…」
はぁー、と大げさにため息をつく黒髪の女性をぼうっと見つめながら、ダイアナは一番疑問に思っていたことを尋ねた。
「あの、すみません。ここは一体どこですか?」
黒髪の女性ー侑の母親は、あー、と少し苦笑いをしながら、まぁそこに座りなよ、とダイアナをベッドに座らせた。
ダイアナは人間界へ来てから数時間、この新居の一番大きなベッドで寝かされていたのだった。
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侑が早足で寝室の二人と合流したあと、早速ダイアナは申し訳無さそうな顔で謝罪した。
「ごめんなさい…その、ここに来る直前の記憶が本当に無くって…」
「いや、全然謝らなくてもいいよ!」
にっこりと笑いかける母親に反して、少し不満げな顔をした侑がぼそっと呟いた。
「…俺はびっくりさせられたけどね。いきなり空から落ちてくるんだもん。」
「ご、ごめんなさいいい…」
「もう、侑!困らせちゃダメでしょ!」
母親と同じく黒髪の少年、侑は少し頬を膨らませながら不満そうにし、母親はそれを諫め、ダイアナは仲の良い親子だな、と眺めていた。まだ寝起きだからか、頭がいつもよりも働かない。
「ところで、やっぱりさっき、…記憶が無いって言った?」
母親は顔を少し引き攣らせながら苦笑いを浮かべた。ダイアナに向けて先程見せた笑顔と同じだ。
はい、と答えた後、ダイアナは補足した。
「ええと、記憶が全くない、というような状況ではないんです。自分のことや家族、友人関係、在住地、地位など大半の事柄は覚えています。けれど、この場所に来る直前、どのような経緯があってここに来たのか、誰の手によってこの場所に来ることになったのかが思い出せません。そして、おそらくここは私の知っている世界ではありません。ですから、貴方達にぜひ、この場所について教えていただきたいと思っています。」
「おお……えらく饒舌に喋れるんだね、あなたは…」
「さっきまでぜんぜんしゃべってなかったのになんで…?」
ぽかんと親子揃って感心する様子を見ても、ダイアナは特に恥ずかしがりもせず、
「学生時代、生徒会長を務めていたんです。なので、ハキハキと話す事にはだいぶ慣れています。お褒め頂けるのは誠に嬉しいです!」
にっこりと微笑むダイアナを見て、この人本当に記憶喪失なのか?と親子は頭の中を?マークでいっぱいにさせた。
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「さっきさ、自分のことは覚えてるって言ってたじゃない?あなたのことを教えてよ。」
母親とダイアナは、広々とした家の中を二人で歩いていた。
息子の侑はとりあえず、また自分の部屋に戻された。ねぇまだ片付けしないといけないの!?おわりじゃないの!?と悲痛に叫ぶ彼は、また先程の状況へ逆戻りしたというわけだ。
「月の魔女、ダイアナ=ティターナと申します。今は21歳で、もう学校は卒業しています。」
「ダイアナちゃんね。…そして、魔女なんだね、あなたは。」
なるほどね〜と呟く母親を訝しく思いつつ、ダイアナも彼女に名乗ってもらうことにした。
「はい。ええと、貴女のお名前は?」
「ああ、わたしも名乗ってなかったね。わたしの名前は裕香。三榊裕香だよ。」
「ミサカキ、ユーカさん…」
聞き慣れない名前にダイアナは首を傾げた。
(ユーカさん、聞き慣れないお名前だし、彼女は魔女という存在に珍しがっていらっしゃるし、ここが魔界ではないのはやっぱり間違いないわね…考えられるのはやっぱり…)
「よし着いた、ここがダイアナちゃんの部屋ね!」
「え?」
顔をあげると、二人の目の前には空き部屋があった。
ぽかんと口を開けて、ダイアナは裕香に率直な疑問を尋ねた。
「あの…私の部屋、とは?私、いつからこのお宅に居てもいいということに…?」
ダイアナとしては、とりあえず魔界に戻って魔界の知り合い達に何とかしてもらうつもりだったのだ。
「遠慮しないでゆっくりしていきなよ!さっきまでダイアナちゃん倒れてたんだし。それに、魔女のあなたはきっと、まず魔界に戻りたいんだろうけど…」
これ見てよ、と裕香は彼女のズボンのポケットに入れてあった紙切れを差し出した。
「これは、……!?」
「ね。『この入界チケットは条件を満たさなければ使用できません。』勝手にダイアナちゃんの胸ポケットを失礼したらこれが入ってて、裏面にうっすらこんな文字。すぐには帰れないんじゃないかな?って思ったんだ。」
「そんな……って、ユーカさん、どうして魔界の言葉が分かるんですか…?」
魔界の言葉は別世界のものとは大きく違う。魔界人以外の魔界語の理解は簡単なことではないのだ。
この人は一体何者?と思っていると、裕香は歯切れの悪い物言いで答えた。
「あーー…まあね。ねえ、ダイアナちゃんて、もしかしなくてもソリエルの知り合いでしょ?」
「え。ソリエル様をご存知なんですか!?」
「うん。わたしは生粋の人間だけど、昔魔界に行ったことがあってね…今となれば、あれが現実なのかも分かんなかったけど、…そっか、ソリエル元気にしてたんだ。」
裕香は喋りながら、ほっとしたように柔らかな微笑みをたたえた。
(今のユーカさんの言葉で、ここが人間界なのは分かったけれど…どうしましょう。これじゃあ本当に戻れない…それに、条件って一体何のことなのかしら…?)
「それで、ダイアナちゃん、あなたはここへ来たときに魔石、アパタイトを握りしめてた。わたしとソリエルね、アパタイトには思い出があるんだよ。」
「そう…なんですか?」
生憎、ダイアナはソリエルにも同じようなことを言われていたのだが、全く覚えていなかった。
裕香は優しく微笑んでいたかと思えば、また表情を変えて、
「そう。だから、あなたはきっと、ソリエルがわたしに送った使者なんだよ。」
「使者…ということは、私をここに送ったのは、もしかしてソリエル様…?」
「これはわたしの予想だけどね、それでもう一つ思ったんだけど、ソリエルはわたしにダイアナちゃんの面倒をみてほしいと思ったのかなって。」
「?ソリエル様が、ユーカさんに、私の面倒をみるように…?」
ダイアナは頭の中に?マークが浮かんだ。
(ソリエル様がユーカさんの言う通り、彼女が私の面倒をみてくれるように仕向けたのだとしたら、ソリエル様は始めからこうなることを分かって…?)
「そう。だって現に、ダイアナちゃんは魔界に戻れないじゃない?ソリエルがどういう意図でここに送ったのかかは分かんないけどさ。ダイアナちゃん、覚えてないんだよね?」
「はい…」
「だったら、記憶が戻って、その帰れる条件っていうのを思い出すまでここにいればいいよ!この家新居でね、見ている限り部屋はいっぱいあるし、ダイアナちゃんが一人増えるくらいなら何も問題無いし!」
「で、でも流石にただで居座るわけには…」
「うーん……あ、ダイアナちゃんがそう言うなら、一つ頼みがあるんだけど…」
裕香は手招きして、小声でその頼み事を話し始めた。
ここには二人しかいないのにどうして小声なんだろう?と思いつつ、聞こえた裕香の言葉にダイアナは目を見開いた。
「なるほど、そういうことなら私にもできそうです!」
「よし、交渉成立だね!さぁ、早速部屋に入って入って!空き部屋だから、好きに使っていいんだよ!」
にっと笑って、裕香はダイアナを部屋へ入るよう促した。
「はい、それではしばらくの間、」
ダイアナは扉を開けながら、裕香の方へ振り返り、少し申し訳無さそうな笑顔で言った。
「お世話になります!」
この判断が、一旦は彼女を救うことになる。魔界へ戻ってしまい、裕香の「頼み事」を果たさなければ、ダイアナは大魔女試練を棄権したとみなされ、もう二度と大魔女になることはできないのだから。
…だが、この判断はまた、破滅の道へ導くことにもなる。
次回 第十三話「新米先生と奇妙な生徒」
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