つきだしとえだまめ

mako@復活 エッセイ
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(6月18日に書いてあったエッセイです。自己満足のためにここで供養します)


居酒屋で出される「つきだし」が子供のころから好きだった。
イカの塩辛やナマコをポン酢であえたもの、マカロニの入ったサラダらしきものなど、店々によって違っているそれをいつも楽しみにしていたし、ねだりにねだって周りの大人の分までもらっていた記憶がある。
嫌いなものもたまに出てきたりしたのだが、食べられないというのが悔しくて、かなり背伸びをして完食までたどり着いたものもなかにはあった。


そんなわたしが昔も今もずっと好んで食べているもの。
枝豆である。


たいていそれは業務用のスーパーマーケットにキログラム単位で売ってあるものなんだけれど、お店によってはどこか優しい味がしたり、たまに手元がくるって塩をかけすぎたのであろう味に出会ったりする。

うまく言いあらわせないのだが、その味の違いに出会うことがひそかな楽しみであったりもするのだ。


6月の第2日曜。ひさしぶりに母と2人でなじみの焼鳥屋にでかけた。
正しくは、昼間に古本屋に行って通学電車のお供にする大量の本を買い込んで帰る途中、思いついたかのようにそこに足を運ぶことになったのだけれど。

ここだけの話、母は最近ダイエットを始めたばかりで「外食はカロリーがねぇ」だとかうんたらかんたら言っていたのだ。なのにどうして急に焼鳥…?

まあなんでもいいや。そう思って店の暖簾をくぐる。
昔なじみのマスターがこちらを振り返った。
店の中を見回せばどこか懐かしい雰囲気でそんな小さな空間にあふれる人々。
今日はやけに家族連れが多いんだな。

ここまできて、ようやく母がこの店に行きたいと言い出した理由を理解した。



ああ、今日が父の日だったからなのか。


この結論に至るまでずいぶん時間を要してしまった。

父は8年前に帰らぬ人となっていた。
わたしの中の父の記憶やそれに纏わる出来事はそこで止まってしまっている。
だから世間一般ではそんなイベントがあることなどすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

最近、昔からあった、よく家族3人で訪れていた思い出深い店が次々と閉まっていた。
父の友人たちも次々と空へと旅立っている。
父に纏わるものたちが次々とこの世界から零れ落ちていって、彼の存在がだんだんと薄れていくこの感覚に、母は静かな寂しさを覚えていたのかもしれない。

だから、彼のことを知っている娘という存在であるわたしと、数少ない思い出の店で懐かしい話がしたかったのだろう。
そんな存在である娘ももうあとひと月もすれば成人を迎える、その時期を目前にして感慨深いものもあるのだろう。

なんてことを考えながらカウンター上にちんまりと座っているおしながきを開く。
てきとうに頼んで、てきとうに食べて呑んで、てきとうにたくさんのことを話した。
今までのこと、これからのこと、エトセトラ。

真面目なことを話していたと思えば、突然吉本新喜劇のノリになってみたり、忙しなさも感じられるようないつもの母娘2人の会話。
家族3人だった頃とあまり変わらないもの。


でもたしかに変わってしまった、もう戻ることのないものがいつの間にかわたしの周りには溢れていて。
今までそれを見て見ぬふりをし続けていたことに突然気づかされた。

漆黒の中にすこし銀色が混じり始めた母の髪。
カウンターでせっせと働いていたマスターの奥さんのポジションは、いつの間にか息子さんになっていて、奥さんは写真立ての中で皮肉なくらい明るく笑っていた。
家族の中でいちばん背が高くなってしまったわたしも、変わってしまったもののひとつだ。


…これが時の流れなのか。


なんて残酷で、でも同時に美しくて、やっぱりかなしくて。
こんなにも心をとらえて離さないものなのか。

こんなことをぼんやりと考えているじぶんが、どこかこの現実世界を他人事のように眺めているように感じた。
大人になったつもりだったのに、まだこの世界から目を背けたいことがあったんだなあということに気づいて、すこし遣る瀬無い気持ちになった。

無意識に頬を伝っていたあたたかい雫に気づかないふりをして、周りはともかく自分の気持ちをもごまかすためにもういちどおしながきを開く。


昔はこの店でもこれがつきだしで出ていたのになあ、このご時世経営が厳しくなってきたのかなあ。
そんなことを考えながら、何頼むの、なんていう母の声に曖昧に微笑んでごまかし、注文をする。


「マスター、えだまめひとつ。」


すこしだけ間が開いたら響く「はいよ。」の声。
そんなに待たずとも出てくる緑色の山とガラ入れ。


口に運んだそれは、やさしくてなつかしくて。


すこし、塩辛いものだった。

Mako@きまぐれ


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