Ｏ☆ＨＡ☆ＮＡ☆ＳＨＩ

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「こほっ…」

ぴしゃ

咳に混じって口に溜まった、痰だか唾だかわからない液体を吐き出すと、地面に落ちたそれは赤い色が混じって居た。

喉も肺も、腹も痛い。
冷気にやられて喉か肺を傷付けたか、知らぬ間に胃腸でも破れたか。

そんな事は、もうどうでも良かった。

冷えたレンガに寄り掛かっても冷たいと感じない。
さっきまで刺す様な冷たさを感じて居たはずの外気も、何故か今は暖かく感じる。
ただ、時折吹き付ける風だけが、剥き出しの背中に酷く染みた。

脱ぐ隙さえ与えられずに鞭打たれた所為で、元よりボロ布寸前だった服は最早服としての機能を失って居た。

これ一着しか持ってないってのに、どうしてくれるんだ。

これじゃ、子犬一匹だって寒さを凌げない。

どんよりした暗い空から、白い雪片が舞い降り始めた。
剥き出しの背中に、落ち掛かる。

赤く裂けた皮膚が雪に侵されて、ぴりりと痛んだ。

「あー…」

特に意味を為さない声が、口から漏れる。

服以前にもう、雨風を凌ぐ屋根すら無い。

雪さえ無ければ細い路地ででも寝れば良いかと思ったが、この雪が降り積もるならそれも無理だろう。

今日の寝床を探すのも億劫になって、寄り掛かった壁沿い、大通りに面した銀行の店先にずるずると座り込んだ。入り口から遠いから、そこまで邪魔にはならないだろう。

壁に背中を預けて眺める先、赤黒く腫れて腐れ落ちそうな素足の前を、幾つもの革靴が足早に通り過ぎる。

まだ死なないって思ってたんだけどな。

ぺったりとへこんだ腹部を見下ろして、思う。

道行く人の息は白く色付いて居るのに、喉と肺の痛みに耐えて息を吐き出しても、色の無い空気が移動するだけだ。

去年の冬は、何人がこうして死んだっけ。
今年は、おれの番か。

足早に歩く革靴が一つ、枯れ枝の様な脚を蹴飛ばす。
反応する気力も無く、与えられた力のままに体勢を崩した。

舌打ち一つ残して、革靴は歩き去った。

もう、何もかも面倒臭い。

何にだかわからないが対抗する気も起きず、壁に沿って道端に寝転ぶと手足を曲げて丸まった。

素肌がレンガにこすれて新しい傷が出来た様だが、気にならなかった。

だんだんと雪に覆われて行く身体が、不思議と酷く暖かい。
意識がぼやけて、眠かった。

寝たら、死ぬのかな。

ぼんやりと、不明瞭な思考が頭を行き来する。

このままじゃ、眠らなくても死ぬか。

ふと、低くなった目線の先の紙切れに、意識が向いた。
新聞記事の、切れ端だ。

重篤な先天性疾患を持ち余命宣告を受けて居た女の子が多額の募金を受け、約百二十万ドルの治療費で手術を受けたそうだ。手術は無事成功し、経過も良好。このままなら近い内に、健康体と変わらぬ生活を送れる日が来るだろうと言う事だ。

「くくっ…はは…こほっ」

おれはたった十数ドルが払えなくて死ぬのに、この子は百万ドルも貰って生かして貰えるのか。

無性に笑いが込み上げで、大声で笑い転げたいのに、疲れ切ったぼろぼろな身体はもう満足に笑う事も適わなかった。

違いは、何なのだろう。

おれは親知らずの孤児で、この子は優しい家族に囲まれて居る事?
無いお金を掻き集めてでも助けたいと、願う人が居る事か。

愛される子供には百万ドルの価値があるけど、親に捨てられる様なガキには、たった数十ドルの価値も無い、と言う事なのだろう。

…ふふ。

既に声を出す事すら難儀で、心の中で笑いを漏らす。

どうせ無価値なガキなら、もっと人に迷惑の掛からない所で死ぬべきだったかな。
石畳の上じゃ、誰かが掃除しなきゃいけない。

何か、野犬でも、拾って森に持って行ってくれたら、良いんだけど…。

…眠いな。

とても…ねむい…。

混濁して行く意識の中で最後にそれだけ思って、おれは眠りについた。
最期の時は痛みも寒さも感じず、思ったより安らかだった。

そういえば題名書いてなかったね。

題名は・・・

人生ｵﾜﾀ＼(^o^)／