【創作小説】柑橘バッタ
創作小説最高ランク : 64 , 更新:
僕は、この街の端の方にある小さな花屋の息子だった。
名前は、坂井優穏でさかいやさとし。
優しく穏やかに育ってほしいという、まんまの名前だ。飼っている猫を可愛いから河合さんと名付けた頃から分かってはいたが、捻りをつけるのが苦手みたいだ。うちの母は。
ちなみに、父親は僕が生まれる頃に亡くなっていた。
他人事のように話しているが、顔も見たことがないからか、悲しく思えたことはない。
名前はなんといっただろうか。
坂井直斗…だった気がする。母がなお君と読んでいた。
まぁ、つまりはあまり気にしていないのだが。
ただ、どうやら周りからするとそれは随分と気にされることらしい。
なぜそう思うのかと言えば、僕が学校でいじめられているからで。
辛い。とは何度も思った。ただ、父親を恨みはしなかった。
人の死なんてものは仕方がない。
そう、感じていたからだ。
そう感じているからこそ僕は今、フェンスを乗り越えて、屋上から落ちようとしている。
人が死ぬのは仕方がない。ならば、僕が死ぬのも仕方が無いこと。
「…母さんは、悲しむかな。」
『悲しむだろうね。』
僕の独り言に誰かが答えた。
ばっと振り向くと、そこにはフェンスに乗った20代ぐらいの男性がいた。
「は…??」
思わず間抜けな声が出る。
でも、ここは学校だ。関係者以外は立ち入り禁止である。
それにこいつはいつからいたんだ。
『あ、驚かせちゃったかな?ごめんね?』
優しい口調。優しい声。優しい表情。
悪い人では無さそうだし、どこまでも優しそうな人にも見えた。
「……あなたは?」
『んー?……直斗。よろしくね?』
直斗。父と同じ名前だ。
こんな偶然もあるんだなぁと思いながら、僕は聞く。
「なぜ、ここに…?」
『ふふふ、心配になってね。』
そう言いながらふわりと微笑む姿は相変わらず優しそうな表情だった。
どこまでも優しそうと思ったのは間違いでは無さそうである。
『…優穏君さ。今死のうとしてたでしょ?』
「…ええ、まぁ…。」
『なんで?』
遠慮なくそう聞いてきた彼は何かを知っているような表情であった。
なんで、なんて聞かれてもなぁ…と思いつつ、どうして死のうとしていたか簡潔に説明した。
「…いじめられてたんで。」
『どうして?』
「……………父親がいなくて。」
『………………。』
彼は急に黙り込んだ。
そして、小さく口を開いて、僕に聞こえない声で何かを呟いた。
「? どうしました?」
『…んーん。ごめんね。』
「え?はい。」
謝られた意味がわからなかったが、とりあえず答える。
なんで誤ったのか聞けばよかったのだが、どうにも聞きづらい表情で聞けなかった。
『あのね』
「あ、はい。」
急に喋り出した彼に軽く驚きつつ、そちらを向いた。
彼はこちらを真面目な表情でじっと見つめていた。
『あのね。個人的な考えでしかないんだけど。』
「は、はい。」
『この世では、悲しみは皆平等なの。』
「へ……?」
彼の言葉を少し理解出来ずにいると彼は空を見上げた。釣られて僕も空を見る。
『だからね、今のうちにたーっくさん悲しんじゃえば後は幸せだけなんだよ。』
「…えっと…?」
『だってそうでしょ?悲しみは皆平等。皆が一生で味わう分の悲しみを君は今まででほとんど味わった。なら、後に残るのは幸せなんだよ。』
僕ははっとして彼の方を見た。
…けれど、そこには彼の姿は無かった。
「へ…??」
信じられなくてキョロキョロを周りを見渡した。
すると、フェンスを挟んだところに綺麗な紫色の花が置いてあることに気づく。
僕はフェンスの内側に戻り、その花を手に取る。
紫色のその花は、どこか暖かく感じられた。
家に戻ると、エプロンを付けて花屋の仕事をしている母がいた。
「あ、おかえり。」
母はふわりと笑って「遅かったね」なんて言った。
僕はその言葉に「ちょっとね。」なんて答えて自室へ行った。
自室に戻ると、鞄をベットの上に置いて、僕もそこへ座る。
そして鞄を少し漁り、あの紫色の花を取り出した。
その花を机に置いた所で母から「優穏ー、ちょっと降りてきてー」と呼びかけられ、僕は降りていった。
それから少しお店を手伝い、閉店時間になる。
僕と母さんはお店を閉めてからの後片付けなどをやってリビングに戻った。
「そういえば優穏。なんかあった?」
「へ?なんで?」
リビングに戻り、手を洗ったりしていると母さんがそう訪ねてくる。
「なんか、吹っ切れたような表情してるから。」
母さんの言葉には心当たりがあった。
僕は言うか迷ったが、自殺しようとしたのは心配をかけると思い、辞めておいた。
「あ。」
「? どうしたの、優穏。」
「ちょっと待ってて。」
僕はそういうと小走りで自室へ戻り、机の上に置いたものを手に取ってリビングへ行った。
「母さん、この花なんて花?」
僕は母さんにそう問うた。
そうすると母さんはうーんと唸って
「カキツバタ…かな?」
と言った。
僕は「ありがとう」とだけ言って、本棚から植物図鑑を取り、自室へ戻った。
「カキツバタ……えっと…カの段の……あった。ページ…」
僕は図鑑をペラペラを捲り少し焦り気味に探した。
何に焦っているかはわからない。ただ、早くどんな花か知りたいのはわかった。
書いてあったページ数のところを見るとそこにはあの花と同じとわかる写真がある。
説明を読んでいくと、ふと、目に止まったものがあった。
花言葉だ。
あぁ、素敵だな。そう思えると同時になぜあそこにこの花が置いてあったかよく分かった。
_________カキツバタ 幸運は必ず来る。
*:.。..。.:+・゚・✽:.。..。.:+・゚・✽:.。..。.:+・゚
前に書いた『聞こえない声にさようなら』と繋がってます~!
あと、題名はカキツバタを可笑しくしただけです。柑橘バッタ。意味わかんない(((
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羽鐘 爽良 2
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