【小説】ベゴニアの花が枯れる頃。―幸福な日々―
小説最高ランク : 110 , 更新:
赤が、好きだった。
情熱や愛情を表すような赤が。
でも、その日。私は赤が嫌いになった。
辺一面、真っ赤だった。
信号は赤色。車も赤色。お母さんのポロシャツも私のワンピースもお父さんのワイシャツも赤色。そして――2人の周辺も、赤色。
赤だらけのその空間に、私はポツンと佇んでいた。
「君っ、大丈夫かい?!」
知らない人が話しかけてくる。汗ばんだ手で、私の肩を掴む。
それを振りほどいて、私は赤に染まった両親の元へと急いだ。
「お母さん?お父さん?どうしたの?ねぇってば」
どうして答えないの?
どうして。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――。
遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。
不思議なことに、涙の一滴も出なかったことは、よく覚えている。
「ねえ、聞いてた」
クラスメイトの1人が、こそっと声を掛けてくる。肩を揺さぶる。うるさい。
「起きた方がいいって」
触らないで欲しい。寒気がする。
けれど今体を起こさなければ更に触れられることになるので、私は不承不承体を起こす。病気の時のようにだるかったけど、いつものことだ。
「大丈夫?魘されてたし……汗、すごいけど」
「……平気。わざわざ悪いね」
外見だけ取り繕って、私は窓の外を見やった。
悪夢?馬鹿みたい。こんなの違う。
これがもし悪夢だと言うのなら、私はあれ以来悪夢しか見ていないことになる。
四角く切り取られた空には、ぽっかりと雲が浮かんでいた。
もう夏だ。こっちは東側なので、午後である今、もう日は当たらない。
あの事件から5年。私は中学校に進学した。
事件後、気が良くて私を可愛がってくれていた親戚が、快く私を家に迎え入れてくれた。
優しい老夫婦だが、気を遣う。
そりゃあ遠い血の繋がりがあるとは言え、他人の家なのだから。
今でも、時々思う。
なんであの時、一緒に死ななかったんだろうって。死ねなかったんだろうって。
学校のすぐ横の道路に、赤い車が通った。
“日常”は、終わりを告げた。
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