【短編小説】ビイドロ玉奇譚 ー五十年ー

小説 短編 創作
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今日も今日とて、反転世界は平和である。それもそうだ。悪い喩えだが、人が一人しかいなければ、殺人が起きないのと同じ。この世界には、人間は妾しかいない。

……いや、妾も人間なのかも怪しい。例えば、願えばビイドロ玉をこの両手から出せる。明らかに人間業ではないだろう。
……つまり此処に人間は一人もいない、と。

しかし、妾は何者だろうか?人間“だったもの”さしずめ、人間失格か。いや、人間じゃない、のほうが近そうだ。マァどうでもいい。そんなことを考えても正解が分かる筈もないし、堂々巡りだ。

ちなみに、だが。確かに此処に人間(なのかも怪しいが)は妾だけだが、人間以外のものなら沢山いる。分かりやすく云えば「妖怪」というものだろうか。

ソイツ等は皆子供のような容姿をしているが、何かしらのお面を着けているせいか、顔という顔は見たことがない。反転の世界の反転の世界ーーつまり、人間から見た元の世界ーーもっと分かりやすく云うと、人間の住む世界の者には妖怪の姿すら見えないらしい。

この妖怪を、人間たちは「座敷童子」と呼ぶのだ。座敷童子は、人間に近いようなものだが、人間のように欲はなく、いつも静かに笑い、仲間と群れて遊んでいる。

オヤ、話が反れてしまった。

そろそろ、秋祭りの頃だろうか。妾の仕事が来る。ビイドロ玉を覗いた子供等が、此方の世界に留まることのないよう、帰してやらねばならない。

……帰してやらねばならないのは当たり前、モット良いのはこの世界に迷い込む子供がいないコト。

だが、妾は子供に会うのを何処かで楽しみにしている。何せ、人に会うのは一年ぶりになるのだから。



フム……今日は秋祭りか。自分で出した紅いビイドロ玉を覗くと、沢山の人々が見えた。半数の人が色とりどりの浴衣を着て、家族と、或いは友人と、或いは恋人と、笑顔で楽しんでいる。

人間の世界でビイドロ玉を覗くと、反転の世界が映る。よって、反転の世界でビイドロ玉を覗くと、人間の世界が映るのだ。

おっと、此方はラムネ屋か。ラムネ屋の店員は、優しそうな若い男性と、その父親らしき叔父さん。だが、此れは偽物だ。反転の世界に飽きた所謂妖怪等が、人間の世界に行き、ラムネを売っているのである。そう、人間に化けて。

勿論、このラムネのビイドロ玉は反転の世界が映るビイドロ玉である。簡単に云えば、普通のビイドロ玉ではない、ということだ。

……そういえば、この妖怪たちはどうやって人間の世界に行っているのだろうか?



「ここ、何処……?」

ふと気付くと、小さな少年が蹲っていた。早速、今日の迷い人か。アイツ等ーーつまり妖怪等ーーは本当に面倒臭い。小さな子供を反転の世界に連れて来て何が楽しいのだ。どうせ妾が元の世界に戻すのに。……いや、妾が戻すことを知っていてやっているのか?
……兎に角、この少年を元に戻さねば。

「少年、何処から来たんだい?」

いつもの台詞だ。少年は驚いて此方を見上げた。そして妾は目を丸くする。知り合いにーーいや、一度此処に来たあの少年に、似ていたからだ。

「彩人か……?」

藤堂彩人。おそらく……五十年ほど前だったか。それよりも前だったような、後だったような気もするが、マァどうでも良い。本当にソックリだったのだ。でも、そんなはずはない。あるわけない。妾は歳をとらなくなってしまったが、藤堂彩人は人間。歳をとるのだ。

「あやと……? 違うよ、僕は彩輝。神坂彩輝!」

よく目を凝らすと、確かに少年の頭の上に、神坂彩輝の文字が浮かんで見えた。名前の下の数字は三百以上、四百未満。まだ此処に来てから五分程しか経ってない。まだ間に合う。

「サイキというのか。いい名じゃな。彩輝、其方は此処に来るべき人間では無い。今すぐ妾が元の場所に戻してやろう」

「嫌だ!」

ここまでキッパリと断られたのは初めてだった。……だが、それでは困るのだ。



彩羽から、彩輝がいなくなったと聞いたのがつい五分程前。祭嫌いの私は、本来なら祭になど行かずに、家にいたかったのだが、孫がいなくなったと聞けば話は別だ。すぐにでも探さなければならない。

……生憎、私には心当たりがあった。

ゆっくりながらも、私は走った(つもりだったが、やはり彩羽に云わせれば「お父さん遅い」らしい)。六十過ぎの体には、大変だったが彩羽に助けてもらいながら目的の場所を探す。何処だ、と探し回ると、意外とすぐに目的地は見つかった。

白地に、赤の色ででかでかと「ラムネ」と主張してくる。背景には、波の模様も入っている。云わずと知れたラムネ屋だ。店員は昔から変わらず若い男性とその父親らしきおじさん。おそらく六十年前からそうだ。変わらない。

ラムネを一本買って一気に飲み干す。急いでビー玉を取り出し、瓶は彩羽に預けた。そしてビー玉をすっかり暗くなった空に翳し、私はそれに映った景色を覗いた。



少年ーー彩輝は、母親と喧嘩したから戻りたくない、と云った。どうせ喧嘩の理由など大したものではないのだろう。しかし、子供などそんなものだ。自分を守ってくれる親という存在と、仲の悪くなる出来事があるとすぐに親の存在が邪魔になってしまう。何せ、子供というものは結局、自分が第一なのだから。

色々な方法で宥めてはみたものの、彩輝が帰りたいということはなかった。そろそろ、頭の上に浮かんだ数字が六百になりそうだ。この数字が、一定の数を超えると、元の世界には戻れなくなってしまう。
……ソウ、妾のように。

「彩輝!」

後ろから声がした。年老いた男性の声だ。彩輝は驚いて肩を震わせ、ゆっくり振り向いた。それに倣うように妾も振り向く。

……五十年ぶりだろうか。

「お祖父ちゃん! なんで……?」

「彩輝、いろは……いや、お母さんが待ってるよ? 一緒に帰ろう」



やはり此処にいたか。そうだと思った。彩輝は、私の姿を見るなり、瞳をうるうるさせて私の方に走ってきた。

抱き着いてきた彩輝の頭を撫でながら、前を向くと、五十年ぶりの狐のお面が見えた。そして、あの時のようににこりと笑ったーーような気がした。

「五十年ぶり……ですね」

私が片手を挙げると、狐のお面の女性は番傘をくるりと回し、近付いてきた。その仕草も、何も変わっていないようだ。私とは違い、歳もとっていない。不老不死、というやつか。いや、不死と決まったわけではないが。

「アア……久しぶりじゃな。やはり、この少年は其方に似ていると思った」

そう、何故だかは分からないが、私の幼い頃に彩輝はそっくりだ。まるで昔の自分を見ているような……という表現は、誇張ではない。

「ずっと……一人で?」

「マァ、な。其方も元気でやっているようじゃな、良かった」

彩輝は落ち着いたようで、「知ってる人?」と私に聞く。私は人差し指を唇に当て、静かに、と合図をした。

「少年……ではないな。老人……いや、彩人。そろそろ時間じゃ。彩輝が帰れなくなる」

どうして私の名前を知っているのか。疑問には思ったが、何しろ此処は反転の世界。不老不死の狐のお面だ。人の名前を知る能力があったとしても不思議ではない。あえて私は聞かなかった。

まだまだ話したいことはあったのだが、彩輝が元の世界に戻れなくなっては困る。ここは素直に従っておこう。

狐のお面は、あの日のように何処からか紅いビー玉を出して、私に渡した。ビー玉には、私と、彩輝。二人の顔が映った。狐のお面は、最後まで表情を変えない。当たり前だ。

私は意識を手放す。しかしその前に、意識の中に笑った狐のお面が見えた気がした。



五十年、か。時は早く過ぎるものだな。光陰矢の如し。彩輝だって、アッという間に老人になっていくのだろう。

また、妾一人になってしまった。仕方のないことだ。そんなことより、あの少年ーー彩人が、まさか老人になって孫までいるとは。嬉しい限りだ。妾があの時、彩人を元の世界に戻してやらなければ、彩輝も存在していなかった。そう思うと、妾と彩人の出会いも奇跡と云うべきなのかもしれない。

妾は確かに一人で生きてはいる。いや、生きて、という表現は何か違う気もするが。

しかし、元の世界に戻って幸せそうな子供の笑顔が紅いビイドロ玉から見えるとき、

ーー妾は決して一人ではないのかもしれない、と思う瞬間なのである。


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めっちゃ長くなりました。
今回は狐目線だったので、反転の世界のことが少しは詳しく書けたかな?と思います。
いつか狐の過去も書きたいですね。

前作⇒http://ulog.u.nosv.org/item/yuzuhamburg231/1505577677

裏設定⇒http://ulog.u.nosv.org/item/yuzuhamburg231/1505653261

妃有栖


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めっっっちゃ好き((語彙力))

彩っていう字が入った名前いいなぁ…
やっぱり私も反転世界行きたい((


きなこもち
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あーーーーー…好きだわ…((
もうなんかさ、文才ヤバイし設定も凄い好き
狐の女の人が好きすぎてヤバイな…
きなこと同じく反転世界行ってみたい((


金平糖*@低浮上
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きなこ⇒今回めっちゃ長かったけど読んでくれてありがとー♡
彩って感謝いいよね、でも男子の名前にはあんまり使えなくてネタが尽きる((

こんちゃん⇒やだそんなこと言われたら照れる(*ノェノ)キャー
今回狐さん目線だったから狐さんの心情とか表現したつもりだったけど、どうだった?(笑)

お二人さん、反転の世界行ってもいいけど狐さんに即元の世界に戻されますよ((


妃有栖
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狐さんの心情凄い良かったよん!
会いたいだけだから良いのです((


金平糖*@低浮上
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それはよかった(笑)
前作を書いたのが結構前だったから、口調とかなんか変かなー?と思って書いたからね(笑)
なるほど、そういうことならぜひビー玉を覗いておくれ((


妃有栖
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