ボックス
Alice 創作 小説最高ランク : 16 , 更新: 2020/10/21 6:09:17
ボックス
「ねえ、カラオケ行こうよ」
夕方と夜の間、と言うよりは少し夜寄り。君がぼそりと呟く。
「もう夜じゃんか」
面倒臭そうな顔を作ってみたけれど、ほんとはすごく嬉しかった。口元の綻びが君に見えていませんように。ばれていませんように。
「だから、何なのよ」
どうやらばれていないみたいだった。楽しそうにスキップをし始める君の、低い位置のツインテールがふらふら揺れる。その後ろ姿に笑みが漏れる。ああ、なんでだろうなあ。
掃いて捨てるほどいる金曜日の夜の人混みをかき分けて、公園の隅をそっと抜ける。公園の住民達と目があって、すぐに逸らした。
やたら派手な電飾のカラオケボックス。やさぐれ方を間違えたような店員に部屋番号を無気力に告げられ、2人っきりで部屋に入る。
「歌って善いよ」
「自分が行きたいって言った癖に歌わないの?」
「お手並み拝見と行こうよ」
渋々リモコンを手に取って選曲する。君はいつも我儘で自分勝手だ。そんなところすらも。
「back numberなんか歌うの? 女々しいな」
「僕の選曲センスを馬鹿にするなよ」
なんてふざけて言った後、僕が歌うback numberを真面目に聴いてる寂しそうな横顔に、忘れられない思い出を重ねてしまうのは僕の悪い癖。
ねえ、君が失恋したって聞いて連れ出したんだよ。僕を卑怯だ、って責めないの? 失恋した君に付け込もうとしてるのに。
ちょっとばかしずるくたって善い。君が忘れられない元彼の代わりだって善いから、君の寂しさを一番近くで埋めてあげたいんだ。いつか、いつか僕を好きになってくれる日まで。
一番が終わって、君が突然泣き出した。強がりな君の泣き顔に僕は何にもできなくて、少し暗い部屋に伴奏と君の涙だけが取り残される。狭い部屋だから、変に響いて。
「……ごめん」
唇を噛み締めて泣く君が、僕の前で泣いたことのなかった君が、ひどくいじらしくて堪らない。その震える肩を抱いて、「ごめん」と呟いた。部屋の隅の防犯カメラに背を向けて、君の涙を指先で拭って、そっとキスをした。
ずるいって罵ってくれたら善いや、それで善いんだ。代わりだって善いから、君が泣いた時一番に慰めてやりたいだけなんだ。こうやって、泣いた時に。
いつか元彼を忘れさせてあげるから、なんて軽々しくは言えないけど、きっと忘れさせてあげられると思うからさ。
「……まだ好きみたい、」
僕は何も言えなかった。心臓がひりひり痛んで、間違ってたんじゃないかって僕自身を責めたくなる。
君が笑えるようになるまで僕はずっと、側に居たいんだ。
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